東京地方裁判所八王子支部 平成元年(ワ)1384号 中間判決 1991年5月22日
原告
エンタプライズコンマ株式会社
右代表者代表取締役
赤松乾六
原告
赤松乾六
右両名訴訟代理人弁護士
井上智治
同
安田修
同
長尾節之
同
荒竹純一
同
野末寿一
同
千原曜
同
野中信敬
同
久保田理子
被告
デイヴィッド・エム・ヤマダ
右訴訟代理人弁護士
三山裕三
同
小澤英明
同
手塚裕之
同
川合弘造
主文
日本国裁判所は本件訴えにつき裁判権を有する。
事実及び理由
第一請求
被告は原告らに対し、金一億円及びこれに対する平成元年九月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一請求原因
1 委任契約に基づく手数料請求権
(一) 被告はアメリカ合衆国ハワイ州に本拠を有するアロハ・モータース・プロパティー(以下「アロハ・モータース」という。)の代表者ウィリアム・K・H・マウから同社所有の別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の売却委託を受けていた。
(二) 被告は昭和五七年五月二二日、本件土地を日本法人に売却するについて原告らを買主の選定、交渉、契約の締結に関する専任の代理人として選任した。
(三) その際、被告は原告らに対し、アロハ・モータースと買主との間で売買契約が締結されることを条件として、売買代金の三パーセントに当たる手数料を自ら支払うことを約した。
(四) 同六一年一二月二五日ころ、原告らの活動の結果、住宅流通株式会社(以下「住宅流通」という。)が本件土地をアロハ・モータースから買い受けることとなり、そのころ、両社間で売買代金を一〇二億三〇〇〇万円とする売買契約(以下「本件売買契約」という。)が締結された。
2 条件成就妨害による手数料請求権
(一) 本件売買契約の締結が原告らの活動によるものでないとすれば、被告は原告らを殊更排除し、原告らの手数料請求権についての前記条件の成就を妨げたものである。
(二) 原告らは、民法一三〇条により右条件が成就したものとみなす。
3 不法行為による損害賠償請求権
仮に以上の主張が認められないとしても、被告は、原告らが被告に対し前記条件により報酬請求権を有することを知りながら、敢えて原告らを排除して本件売買契約を締結するに至らせ、原告らの報酬請求権を喪失させた。
4 結語
よって、原告らは被告に対し、委任契約に基づく手数料として(条件成就妨害による場合を含む。)、又は不法行為による損害賠償として、手数料ないし手数料相当の三億〇六九〇万円の内金一億円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(不法行為後)である平成元年九月四日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二本案前の主張
日本国裁判所は、以下に掲げる理由により、本件訴えにつき裁判権を有しない。
1 裁判の適正の観点
適正な裁判が行われるためには、正確な事実認定及びそのための両当事者の十分な訴訟活動が必要である。
本件において、①問題となっている本件土地はアメリカ合衆国ハワイ州に所在し、②その所有者はハワイ州法人であり、③同社の代表者マウは同地に居住する。④被告は同州に在住するアメリカ人である。⑤本件について、英語による膨大な書証が存在する。⑥さらに本件の不動産に関する債権契約の準拠法は、不動産の所在する同州法が準拠法と解される。
そうすると、同州の裁判所において裁判をすることが裁判の適正をもたらすものである。
2 裁判の公平の観点
裁判の公平を担保するためには、場所的にみて両当事者の実質的平等が十分に保障される国に裁判権を認めるべきである。
本件において、①被告の生活の拠点はハワイ州であり、②被告が来日するのは年に数回、かつ短期間であって、③その目的は事業の遂行であるから、裁判の打合せに時間を割くことは難しく、④かつ、被告にとって日本語の文書を理解するのには翻訳を経なければならない。
これに対し、⑤原告らが同州で訴えを提起することが事実上不可能とは考えられず、⑥同州は日本国から地理的に近く、⑦原告会社代表者兼原告本人赤松(以下「原告赤松」という。)は、同州を訪れたことがあり、⑧英語も堪能であって、⑨しかも、自ら同州に所在する本件土地に自発的に接近した者である。
右のとおりであって、被告が日本国において応訴を余儀なくされることにより被る不利益は、原告らが同州に訴えを提起する負担に比べると格段に大きいものがあるから、日本国裁判所に本件訴えについての裁判権を認めるべきでない。
3 裁判の能率の観点
裁判の能率は、本件訴えがハワイ州の裁判所で審理されることにより達成される。
すなわち、①原告らが訴えを同州で提起すると直ちに本案審理が可能となり、②集中審理により迅速な裁判が行われ、③重要証人であるハワイ州在住のマウの証言が容易に得られるし、④英語で書かれた書証の翻訳も不要となる。
本件訴えにつき日本国裁判所が審理するとすれば、これとは逆に能率が図られず、裁判の進行は極端に遅らされることとなる。
三原告らの反論
1 被告の本案前の主張はすべて争う。
2 被告は当事者目録記載の日本国内での居所に不動産(木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建居宅一階104.13平方メートル、二階66.11平方メートル)の共有持分二分の一を有しているから、民訴法八条に該当し、日本国裁判所が本件訴えについて裁判権を有する。
第三判断
一被告はアメリカ合衆国ハワイ州に住所を有する者であるから、日本国裁判所が本件訴えについて当然には裁判権を有するものではない。しかし、被告について民訴法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内に認められるときは、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に照らし、これを不当とする特段の事情のない限り、被告を日本国裁判所の裁判権に服させるのが条理に適うものということができる。
二しかして、本件記録中の不動産登記簿謄本によれば、被告は原告らの主張するとおり、日本国内に不動産の共有持分を有していると認められるから(なお、右不動産上には極度額合計五〇〇〇万円の根抵当権設定登記及び原告らによる仮差押登記が経由されていることが認められる。)、被告について民訴法八条に規定する裁判籍があるものということができる。
三そこで、前記の特段の事情の存否について検討することとする。
証拠(<省略>)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。
1 被告は日系アメリカ人であって、かつて日本国内に住所があり、原告会社の仲介により日本国内の不動産を売却したことがある。被告は、現に日本法人である株式会社サニクリーン本部(本店所在地は東京都港区内、資本金は一四〇〇万円)及びデイベンロイ・リネンサプライ株式会社(本店所在地は東京都大田区内、資本金は四八〇〇万円)の取締役会長をしており、その職務遂行のため、日本国には一年のうち、冬季以外の合計三ないし四か月間位滞在する。被告はその間、長男ロン・ハジメ・ヤマダの住所である前記二記載の不動産所在地に居住する。
被告が使用する手紙用箋のレターヘッドには、左端に東京都千代田区丸の内にある被告の事務所所在地が、右端には「ホームアドレス」として右長男宅の所在地が記載されているものがある。
2 被告は日本語を解し、被告が原告赤松に宛てた手紙は、公式のものは英語で書かれるが、非公式のものはローマ字文による日本語で書かれていた。
他方、原告赤松は英文の読解力及び作文力はあるが、英会話の能力は十分ではない。
3 被告から原告らに宛てた一九八二(昭和五七)年五月二二日付委任状(請求原因1(二)参照。)は、千代田区内にある被告の前記事務所で原告赤松に交付された。
被告から委任された事項の遂行のため、原告赤松は日本国内で本件土地の買受けを検討する日本法人関係者ら多数と接触した。
4 原告赤松と被告との事務打合せは、被告が日本国に滞在している場合は直接面談のうえ、または電話連絡により、被告がハワイ州に戻っている場合には国際電話により、いずれも日本語で行われた。
なお、原告赤松は日本企業の関係者を本件土地に案内したことが一回あったのを入れて、ハワイには三度渡ったことがあるに過ぎない。
以上の認定事実によれば、被告と日本国との法的関連は強く認められるところである。
四被告は、日本国裁判所の裁判権を否定すべき理由として、前記第二、二において、るる主張するので、次に検討する。
1 裁判の適正の観点(同1)について
①本件土地がハワイ州にあり、②その所有者がハワイ州法人で、③同社の代表者が同地に居住することは、手数料又は手数料相当損害金の支払いを求める本件訴えにおいては、背景事情にしか過ぎない。
④被告は同州に居住するアメリカ人であるが、日本国との法的関連が強く認められることは前述したとおりである。
⑤被告側から英語による膨大な書証が提出されるのか否かは現在のところ不明であるが、英語は世界随一の国際語であって、日本語への翻訳は容易であり、本件に関連する英文の書証は原告側からも既に日本語の翻訳文付で多数提出済であるから、この点は重要視すべきではない。
⑥本件の準拠法であるが、本件訴えは物件その他登記すべき権利に関するものではないから、ハワイ州法を準拠法とする被告の主張は今後さらに検討の余地があり、この点はしばらく措くとしても、準拠法如何により直ちに国際裁判管轄に影響があるものでないことは自明の理である。
2 裁判の公平の観点(同2)について
①の被告の住所及び②の被告の来日状況の点については先に検討した。③及び④で主張される被告の不利益は、いくらかはあるであろうが、本件の両当事者及び訴訟代理人らの力量と努力によって十分対処することが可能であろうと思われる。
そして、⑤、⑥の主張はそのとおりであるとしても、⑦の原告赤松のハワイ渡航の回数は被告の来日回数とは比較すべくもなく少なく、⑧原告赤松の英語力については前述したとおりである。
被告の⑨の主張の趣旨は必ずしも明瞭ではないが、これは文字通り原告らがハワイ州に所在する本件土地に自発的に行った趣旨としても、それは日本国で行われた日本法人ないし日本人である原告両名に対する被告からの委任に端を発するのであるから、日本国裁判所の裁判権を否定する理由とはならない。
3 裁判の能率の観点(同3)について
①及び②の主張については、本中間判決により、当裁判所は本案審理に直ちに入る予定であり、両当事者及び訴訟代理人らの協力が得られれば、迅速な裁判が可能であろう。
③のとおり、アロハ・モータースの代表者マウがハワイ州に居住しているとしても、当裁判所において同人を証人として直接尋問することが必要であるか否かは現在のところ不明である(本件における中心的争点は、直接には原告らと被告間の委任契約の内容、終期の定めの有無等であるが、仮にマウの供述が必要であるとしても、わが国の民事証拠法上、伝聞証拠の証拠能力は否定されないし、被告が同人の供述書面を入手して当裁判所に提出するのは容易であろうと推認できる。)。
④の翻訳に関する点については先に検討したとおりである。
五結論
以上のとおりであって、被告と日本国との法的関連が強く認められ、被告を日本国裁判所の裁判権に服させたとしても、これを不当とする特段の事情はないものであるから、日本国裁判所は本件訴えについて管轄権を有する。
よって、主文のとおり、中間判決する。
(裁判官太田幸夫)
別紙<省略>